田中清代/さく 偕成社 定価1,540円
2018年に刊行された『くろいの』を初めて見たときの驚きを今でも覚えています。
真っ黒い体に大きな目が印象的な「くろいの」、ちょっと怖いような、それでいて仕草がちょっと愛らしいような、どきどきわくわくしながら表紙をめくりました。すると、モノクロの世界が静かに緩やかに広がっていきました。
ひとりで帰るいつもの道、女の子が塀の上に見つけた「くろいの」。どうやら、女の子にしか見えないみたい。ある日、「くろいの」についていくと塀の穴から古い日本家屋へ。庭を見ながら静かなお茶の時間。どうやらお話もしないみたい。やがて、「くろいの」は押入れに案内してくれ、そこから屋根裏へ。そこには、幻想的な世界が広がり、二人は楽しい時間を過ごします。
自分だけにしか見えない「くろいの」、言葉を発しない「くろいの」、誰にも子どもの頃、そんな存在があったのではないでしょうか?
当店の遊びのコーナーでも、お子さんが誰に言うともなく語りかけているのを時々見かけます。私がこの絵本に強く惹かれるのもそのような懐かしい記憶と繋がるからなのかもしれません。日常の中に潜む非日常。子どもはごく自然にこの二つの世界を行き来するのでしょう。この絵本を閉じると、いつも何か懐かしくあたたかいものに包まれているような気がします。
「くろいの」 との静かなお茶の時間、屋根裏であそぶ二人、ふかふかの毛に包まれて眠り目覚めたときの幸せそうな女の子の表情、手をつなぐ二人、おとうさんと出会うシーン、どれもが心に残ります。
選び抜かれた短いテキストとモノクロの世界が、見るものの想像力を刺激します。自分の記憶の中の色を重ね合わせて見ているのだと思います。
第4回ナミコンクール・パープルアイランド賞(2018年)、第68回小学館児童出版文化賞(2019年)、第25回日本絵本賞・大賞を受賞しました。
小さな子どもから大人まで楽しんでいただきたい絵本です。