5月11日(土)、5月19日(日)いせひでこさん ギャラリートーク&サイン会

5月11日(土)、5月19日(日)、『ピアノ』(偕成社)の作者 いせひでこさん をお迎えして、ギャラリートークを開催いたしました。2回のトークをまとめて報告いたします。

いせひでこ/さく 偕成社

プロセスを何よりも大切にするいせひでこさん 、どのように『ピアノ』という絵本ができたのか、そこに至るまでのお話をしてくださいました。

5月11日(土)は、偕成社の編集者 広松健児さん、柳田邦男さん、山本けんぞうさん(『あの路』の作者)、5月19日(日)は、柳田邦男さん、装丁家の中嶋香織さんが参加されました。

『ピアノ』制作のきっかけは
最初に絵本『ピアノ』を描こうと思ったきっかけは、2021年頃、5年生のお孫さんがモーツアルトのピアノソナタ16番ハ長調K.545を練習していた時に、子どもが心から楽しんでピアノを弾いている姿を目の当たりにして、ピアノっていいなぁと思ったからです。そしてある日、そのお孫さんからピアノへの素直な気持ちを表した自作の詩をプレゼントされ、やはりピアノの絵本を創りたいと強く思われたそうです。いせさんご自身は13歳からチェロを弾いていますが、ピアノは弾かないので、お孫さんのレッスンについて行ったり、トイピアノを買って練習したり、お孫さんが弾く姿のスケッチなど取材やスケッチを重ねました。

5月11日

取材、プロセス、エスキースのお話
「いせさんは、『にいさん』(偕成社)の次にピアノの本を描きたいと言っていたのですよ」と偕成社の編集者 広松健児さん。その時は、結局『チェロの木』を創ることになりましたが。
今回、ピアノの絵本を創ることになり、広松さんは絵本が出来上がるまでに33回もいせさんのアトリエに通われました。
初めの頃に、すでにピアノの絵はできていて、それを見て数少ないピアノの絵本の中で一番美しいピアノの絵だと思ったそうです。
いせさんとの絵本作りは、いせさんが描くたくさんのエスキースの中から、様々な物語を考えていき、何度もラフを作り変えていくのだそうです。絵本がどうなりたがっているのか、最後はどうなっていくのか、いつもスリリングな絵本作りだとにこやかに話されました。

5月19日

モーツァルトの話
この絵本では、パッヘルベルの「カノン」とモーツァルトの曲が登場します。
モーツァルトも様々なピアニストが演奏しているものを聴いていたのですが、なかなかしっくりこなくて迷っていた時に、山本けんぞうさん(『あの路』の作者)が、マリア・ジョアン・ピリスのモーツァルト ピアノソナタ13番を送ってくれました。

山本けんぞうさんは、いせさんがいろんなモーツァルトを聴いていると知り、ピリスをすすめました。ピリスは、ホルトガルの天才少女で、1970年代にデンオンがイイノホールにてモーツァルトのピアノソナタ全集を録音し、一躍有名になったピアニストです。来日した時には、バックパッカーの少年のようでした。ぴりぴりするような子どもの孤独感を感じさせるが、でもそれは寂しいというより無心に遊んでいるように弾いていました。子どもの孤独感は、いせさんの作品に共通しているもので、北海道での遊びの感覚など、全部がモーツァルトのよう。「いせモーツァルト」という言葉も。音が聴こえてくる絵本であることがすごいと話されました。
そして、この日、お孫さんがピアノを弾くスケッチを見て、ピリスに似ていると驚かれました。

いせさんは、ピリスは押し付けがましくなく普通に呼吸しているように弾いているのがすごいと思ったそうです。ピリスのモーツァルトに出会ったことで、色や絵の質が統一できたのかもしれないとも。そして、彼女のその後の生きる姿勢に共感されたことを話されました。

そして、膨大なモーツァルトの作品の中から、『ピアノ』の絵本の中の演奏するシーンにぴったりの曲をアドバイスしてくれたのが柳田邦男さんでした。ガラス玉がころがりおちるような音のシーンはピアノソナタ12番の第3楽章だそうです。たくさんの資料を用意し、実際のものを検証できる形で教えてくださいました。
また、柳田さんは、この絵本の印刷技術についても触れられました。扉絵のグランドピアノの絵を初めて見た時、黒光りしていて深みが出ているのがすごいと思いました。音楽の世界の深みを楽器の表現の中から滲ませてくるには、この深い色をどうやって表現できるのだろうかと思ったそうです。絵の魅力を最大限に表現する高度な印刷技術について話されました。

「ラ」の音が出ない描写については、トイピアノを弾きながらお話しされました。鳴らない 「ラ」の音が物語の通奏低音になっているようです。

韓国の本屋さんのお話
『ピアノ』は2023年10月に刊行されましたが、少しでも早く出版したいという理由がありました。それは、この年の春、韓国に呼ばれて原画展を行うことになり、釜山の図書館で『ルリユールおじさん』『にいさん』など全部で110点の原画の展示、講演会を行いました。主催は釜山にある「本と子供たち」という本屋のカン・ジョンアさん。開店してから25年間、本と文化をだいじにしている本屋さんです。現地に行ってみて、カン・ジョンアさんが病気で余命がない状況で、命をかけて原画展を企画していたことを知り、愕然としました。カン・ジョンアさんに第1番目の読者になってほしいと願い、カン・ジョンアさんと対話するような気持ちで描いたそうです。そして、10月、奇蹟のように絵本を届けることができました。

釜山の本屋「本と子供たち」の映像

国を超えた人との出会い、絵本の力がすごいと話されるいせさん。

偕成社の編集者 広松健児さんといせひでこさん、種村

装丁家の中嶋香織さんと『ピアノ』を手にして

『けんちゃんのもみの木』の作者 美谷島邦子さんからプレゼントされたバラが素敵!

今回、『ピアノ』の創作秘話を伺い、1冊の絵本が完成するまでには、編集者さんはもちろん、作家さんを支えるたくさんの力があることをしみじみと思いました。

韓国の本屋さんのお話も胸を打つもので、一つの作品が出来上がるまでには様々なドラマがあり、それが作品の奥底で静かな音楽のように流れていて、作品を輝かせているのではないかと思えるようなお話でした。

いせひでこさん 、編集者の広松健児さん、柳田邦男さん、山本けんぞうさん、中嶋香織さん、美谷島邦子さん、偕成社さん、ありがとうございました。
そして、参加くださった皆さんもありがとうございました。

原画展は6月2日(日)まで。皆様のお越しをお待ちしています。

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